無題.bmp (24630 バイト) banner3.gif (950 バイト) banner3.gif (950 バイト) banner3.gif (950 バイト)


温泉小話第十四話 神聖なる無知


  温泉に入るとき混浴というのは昔はごく自然だったようです。一般の銭湯でも江戸時代には混浴に抵抗感がなく、お上がたびたび禁令を出していますが、十分には守られなかったとか。この禁令は儒教精神に由来すると言われています。そして、明治時代になると欧米一辺倒の政府により、混浴は次第に禁止されてゆくのです。

  江戸末期、欧米人の混浴についての感想は、日本に対する理解の程度によるのか、真っ二つに分かれているようです。日本を開国にいたらせたペリーは、混浴に関し、「淫蕩な人民」と述べています。男と女が入り乱れて混浴することが欧米の常識では考えられない奇異なことと多くの欧米人は思ったのです。

  一方で、大森貝塚を発見したモースは、「日本人が見る我々の方が、我々が見る日本人よりも無限に無作法だ」、といっています。また、初代駐日イギリス公使のオールコックの記した幕末期日本の観察記「大君の都(The Capital of the Tycoon)」によると、九州の温泉地を通って、「湯治場は街路からあけすけに見えるところにあり、入浴者を日光からさえぎるための小屋の屋根があるだけだった。われわれが近づいたときに、中年過ぎのひとりの婦人が温泉のふちへ上がってきた。あとには、まだ五、六人の婦人が湯につかっていた。この婦人は、一切の自意識や当惑といったものをまったくもち合わせていなかったので、カンフス(チェコの宗教改革者)のおお、“神聖なる無知よ”という叫びを想い起こさないわけにはゆかなかった。」 

 振り返って現代をみると、この自然なおおらかさは何処へいってしまったのでしょうか。


ball_1.gif (141 バイト)HOMEへ

All Right Reserved ©takion